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2006年7月18日 (火)

日中友好の踏み絵

靖国総代を辞任し、自らの進む道を決めた古賀誠元幹事長。

16日から訪中してましたが、昨日、あの売国議員の踏み絵である南京大虐殺記念館を訪問したようです。

自民党の古賀・元幹事長、南京大虐殺記念館で献花

【南京=田頭知也】中国を訪問している自民党の古賀誠・元幹事長は17日、「南京大虐殺記念館」を訪れ、献花をした。

記念館は拡張工事で閉館中だったが、古賀氏のために開かれた。古賀氏は朱成山館長の説明を受けながら、遺骨や写真などの展示を見て回り、「平和な時代に生きているからこそ、国を超えて先の大戦の被害者の霊に追悼の誠をささげたかった。複雑な気持ちだが、今後はこの記念館に日中友好の証しが積み重なってほしい」と記者団に強調した。

 同記念館にはこれまで、自民党の海部元首相、野中広務・元幹事長、社民党の村山元首相らが訪れている。

(2006年7月18日1時20分  読売新聞)

しかし、この方は、この記念館が何のために拡張工事をしているのか知っているのでしょうか。

南京大虐殺記念館、世界遺産への登録は「時期尚早」

中国侵略旧日本軍・南京大虐殺犠牲同胞記念館が世界遺産への登録申請作業を開始したとの一部メディアの報道に対し、同記念館の朱成山館長は12日、「申請は時期尚早」との見方を示した。

  朱館長は「記念館は現在のところ、世界遺産への申請の条件をまだ満たしていない」と説明する。国連教育科学文化機関(ユネスコ)は世界文化遺産への登録条件として、「敷地面積は5.33ヘクタール以上」の項目を設けている。同記念館は2.2ヘクタールで、基準に合致しないという。この他、申請までには多くの作業が必要となる。

  朱館長は「記念館は短期的には敷地を拡張する計画はないが、記念館の発展の必要性に応じて、今後は拡張する可能性もあるだろう」としたうえで、「条件が熟せば、将来世界遺産へ申請する可能性も排除できない」と語った。(編集UM)

  「人民網日本語版」2004年3月13日

つまり、世界遺産にあの捏造記念館を登録するために、拡張工事を行っているわけです。そこにのこのこ出かけていって献花し、あまつさえ「この記念館に、日中友好の証が積み重なってほしい」と語るとは、なんたる馬鹿でしょうか。

捏造記念館を世界遺産登録して日本を貶めようとしている国と友好が深まるわけがねぇだろうが!

売国もここに極めりというところです。これで日本の利益を代表するはずの議員とは笑わせる。悪い冗談としか思えません。

こういった中共の工作はますます激化すると思われますが、屈することなく小泉首相には8月15日の参拝をぜひ実現してもらいたいと思います。

中共の工作に負けるな!と思う方はクリック!

参考サイト

あやしい調査団、南京ふたたび

参考文献

南京事件「証拠写真」を検証する 南京事件「証拠写真」を検証する

著者:小林 進,福永 慎次郎,東中野 修道
販売元:草思社
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コメント

いわゆる南京大虐殺(第三次、第一次と第二次は辛亥革命後の
国民党と共産党及び軍閥の争いの中で起きている。映画「砲艦
サンパブロ」を観ると、その間の事情が垣間見る事が出来る。)所で南京に南京大虐殺記念館は存在しない。在るのは
南京大屠殺記念館である。屠殺と虐殺の違いが分かるであろうか?虐殺は惨たらしく殺すに対して、屠殺は殺して食べる、食べるために殺すと言う意味である。この意味の違いが漢字を
生み出した中国人に分からないはずがない。戦後60年を経て
日本の兵隊など見たこともない人が大多数である。彼らが唯
、この屠殺という漢字を読めば日本の兵隊は自分たちの祖父母
たちが日本兵に殺されて食べられたと思うであろう。
これは悪意であり、反日教育の見本と言うべきである。多くの
政治家やジャーナリストがここを訪れているのに、この事を何故、指摘しないのか分からない。いつも日本は情報宣伝戦に敗北している。残念でならない。


投稿: 辰の春 | 2006年7月18日 (火) 14時24分

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